執念の「マルチナイト」を制する
天体写真は、露光時間が正義です。淡い分子雲や銀河の腕をあぶり出すには、1晩の5時間では足りず、2晩、3晩と同じ対象を追いかけ続ける「マルチナイト・セッション」が欠かせません。
しかし、ここで最大の問題になるのが「フラットフレーム」の扱いです。日ごとに変わる光学系の状態をどうWBPP(Weighted Batch PreProcessing)に理解させるか。この設定一つで、数日間の苦労が「極上の1枚」になるか「ゴミ箱行き」になるかが決まります。
なぜ「フラット」だけは混ぜてはいけないのか
- フラットフレーム(※1): 鏡筒の周辺減光や、センサーに付着したゴミの影(ダストドーナツ)を消すための補正データです。
- 日をまたぐ際のリスク: 遠征で機材を撤収したり、自宅観測所でも気温差でピント(フォーカサー位置)が数ミリ動いたりすると、ゴミの影の位置やボケ方が微妙に変わります。
- 結論: 1日目のライトフレームには「その直後に撮った1日目のフラット」を当てないと、背景に消えない影や、逆に明るすぎる斑点が残ってしまいます。
WBPPの設定:合言葉(キーワード)による自動統治
PixInsightのWBPPには、ファイル名やフォルダ名から「これは何日目のデータか」を判別する「Grouping Keywords」という強力な仕分け機能があります。
1. フォルダ構成のルール化
まず、PC上のデータを物理的に整理します。これが全ての起点です。
/DAY_01/フォルダ:1日目のライト、フラット、ダークフラットを入れる/DAY_02/フォルダ:2日目のライト、フラット、ダークフラットを入れる/MASTER_DARK/フォルダ:全日程共通のダークを入れる
2. キーワード「DAY」の登録
WBPPの右側にある「Grouping Keywords」欄に DAY と入力し、保存します(画像参照)。 これにより、WBPPはファイルパスの中から「DAY_xx」という文字列を探し、同じ数字を持つもの同士をペアリングします。
3. 「Pre」と「Post」の決定的な違い
ここが一番のキモです。
- Pre(チェックを入れる): 「キャリブレーション(※2)」の段階でグループ化します。フラットを日ごとに使い分けたいので、必ずチェックします。
- Post(チェックを外す): 「統合(スタック)」の段階でグループ化するかどうかです。ここにチェックを入れると、1日目と2日目が別々の画像で完成してしまいます。1枚にまとめたいので、ここは必ず外します。
複数日スタックを成功させる思考
ダークフレームの「共通化」という割り切り
フラットは日ごとに撮る必要がありますが、ダークフレーム(※3)は温度と露光時間が同じなら、全日程で1つの「マスターダーク」を使い回して問題ありません。CMOSカメラの冷却機能が安定していれば、センサー由来のノイズパターンは日によって変わらないからです。貴重な撮影時間はライトフレームに全振りしましょう。
フラットの鮮度
「昨日と構成変えてないからフラットも昨日のままでいいや」という妥協が、後の画像処理(DBEや背景補正)で何時間ものロスを生みます。冬のように気温差が激しいと、鏡筒の収縮でフラットの当たり方が変わることもあります。私は「1セッション1フラット」を鉄則にしています。
命名規則の自動化(NINAなどの活用)
手動のフォルダ分けはミスの元です。撮影ソフトの設定で、ファイル名に $DATE や $SESSION を含めるようにしましょう。 例:Light_M31_DAY_01_001.fits このようにキーワードがファイル名に含まれていれば、WBPPに全ファイルを一括放り込みするだけで、完璧な仕分けが完了します。
補足:さらに精度を高めるためのアドバイス
- ピント位置の同期: フラットを撮る際は、その日の撮影で使ったピント位置を動かさないことが理想です。
- フィルターの汚れ: マルチナイト中にフィルターに新しいゴミがついた場合でも、このキーワード設定をしていれば、その日から先の画像だけ正しく補正されます。
まとめ
- 日ごとに「DAY_01」「DAY_02」とフォルダを分ける。
- WBPPのキーワード欄に「DAY」と入れ、「Pre」のみチェック。
- ダークは共通、フラットは日ごとに撮影して投入。
この設定さえ覚えておけば、PixInsightが裏側で複雑な計算を行い、数日間にわたるあなたの執念を、ノイズのない最高の一枚に凝縮してくれます。
用語解説
※1 フラット: 光学系の明るさのムラやゴミを消すための補正データ。
※2 キャリブレーション: ライトフレームから各種ノイズやムラを取り除く一次処理。
※3 ダーク: センサーの熱ノイズを記録した、光を遮断して撮るデータ。