天体写真の編集において、最も頭を悩ませるのが「光害」や「カブリ(背景のムラ)」の処理です。かつてはPixInsightのDBE(Dynamic Background Extraction)で手動でサンプル点を打つのが職人芸のような工程でしたが、今はAIの時代。
今回は、スタンドアロンソフトとしても優秀なGraXpertを、PixInsightのプロセス(ツール)として統合し、シームレスに使いこなすための設定と手順を備忘録としてまとめました。
なぜ今「GraXpert」なのか?
天体写真における背景補正は、単に見栄えを良くするためだけのものではありません。天体の淡い構造をあぶり出す際、背景に傾斜(グラデーション)があると、ストレッチ(強調処理)をした瞬間にそのムラが強調され、フラットな仕上がりを阻害してしまいます。
これまでは、以下の2つの手法が主流でした。
- DBE (Dynamic Background Extraction): 手動で背景部分にポイントを設置する。精度は高いが、輝星や星雲の上にポイントを置かないよう気を使う必要があり、時間もかかる。
- ABE (Automatic Background Extraction): 自動で計算してくれるが、複雑なカブリには対応しきれないことが多い。
ここで登場したのがGraXpertです。AI(機械学習)モデルを用いて「何が星で、何が背景か」を判別するため、ユーザーが頭を悩ませることなく、数秒でフラットな画像を得ることができます。特にリニア(ストレッチ前)の段階でこれを適用することで、その後の処理の難易度が劇的に下がります。
GraXpertをPixInsightの「プロセス」として組み込む手順
スタンドアロン版のGraXpertを立ち上げて画像を保存し直すのは手間ですが、PixInsightにリポジトリを登録すれば、一つのツールとして呼び出せるようになります。
1. リポジトリの登録とインストール
まずはPixInsightに「GraXpertをダウンロードしていいよ」と場所を教えてあげます。
- RESOURCES > Updates > Manage Repositories を開く。
- Add ボタンを押し、以下のURLを入力:
https://pixinsight.deepskyforge.com/update/graxpert-process/ - RESOURCES > Updates > Check for Updates を実行し、指示に従ってPIを再起動。
これで、メニューの Process > <All Processes> > GraXpert に項目が出現します。
2. 本体実行ファイルとの紐付け
PI上のGraXpertは、あくまで「命令を出す窓口」です。実際に計算を行うのはPCにインストールされたGraXpert本体なので、その場所を指定する必要があります。
- GraXpertプロセス内のレンチ(設定)アイコンをクリック。
- インストール済みの
GraXpert.exe(Windowsなら通常C:\Program Files\GraXpert\GraXpert.exe) を選択します。
具体的な設定
ここからは実際の運用方法について、私なりの見解を交えて深掘りしていきます。
基本設定のセオリー
プロセス画面を開くといくつかの項目がありますが、基本は以下のセットで安定します。
- Correction:Subtraction(減算)
- 見解: 天体写真の背景ムラの多くは「光害」などの加法的なノイズです。そのため、引き算(Subtraction)で処理するのが物理的に正しいとされています。周辺減光が極端にひどい場合はDivision(除算)も選択肢に入りますが、まずはSubtractionから試すべきです。
- AI Model: 最新版(v1.x.x系)を選択。
- 見解: モデルが更新されるたびに、星雲の縁を「背景」と誤認するミスが減っています。常に最新を使うのが定石です。
実行タイミングは「180度回転の前か、後か?」
私のような山梨の山中で撮影するスタイルだと、地上の光害よりも、スタッキング(画像の重ね合わせ)による端の黒枠(アーティファクト)がAIを狂わせることがあります。
AIは画像の「端」を背景の基準として読み取ることが多いため、1%でも黒い縁が残っていると、そこを基準にしてしまい全体の計算が破綻します。 必ず、DynamicCropなどで画像の端を数ピクセル切り落としてからGraXpertをかけるのが、成功率を100%に近づけるコツです。
処理結果への考察:AIを信じすぎてはいけない?
GraXpertは非常に強力ですが、稀に「星雲の一部を背景だと思って消してしまう」という弱点もあります。 実行時に Show background model にチェックを入れておくと、AIが「何を除去したか」を別画像で見ることができます。この画像の中に、本来残すべき星雲の構造がうっすら写り込んでいないかを確認する癖をつけるのが、ワンランク上の仕上げに繋がります。
もし構造が吸い出されている場合は、Smoothing(平滑化)の数値を少し上げることで、AIの判断を「よりマイルドに(大まかに)」調整することが可能です。
専門用語の解説
- リニア(Linear)画像: カメラが捉えた光の強さに比例したデータの状態。画面上では真っ暗に見えるが、数学的な整合性が高いため、カブリ補正はこの段階で行うのが鉄則。
- ストレッチ(Stretch): 真っ暗なリニア画像を見やすくするために、ヒストグラムを操作して明るく持ち上げる処理。
- カブリ(Gradient): 街灯りや月の光、あるいは光学系の不備によって、画像の一部が不自然に明るくなっている現象。
- リポジトリ(Repository): ソフトウェアの更新データが保管されているインターネット上の場所。
さらなるクオリティアップのために
GraXpertで背景をフラットにした後は、SPCC (Spectrophotometric Color Calibration) を使って色の校正を行うのが理想的な流れです。背景がフラットであればあるほど、SPCCによる正確な色再現が活きてきます。
また、GraXpertは非常に軽量なソフトですが、AIモデルのロードには多少のGPU/CPUリソースを消費します。メモリが8GB程度のPCだと、PixInsightと同時に動かすと動作が重くなることがあるため、不要なブラウザなどは閉じてから実行することをお勧めします。
まとめ
今回の設定により、PixInsight内から一歩も出ずに最強の背景補正を恩恵として受けられるようになりました。
- リポジトリ登録でプロセス化。
- 本体exeの指定を忘れずに。
- リニア段階で、Subtractionを適用。
- 事前のCrop(クロップ)が成功の秘訣。
天体写真は「引き算の美学」とも言われます。光害という余計な情報をGraXpertでスマートに引き去り、本来の宇宙の姿を浮き上がらせていきましょう。
次は、この補正後の画像に対して、BXT(BlurXTerminator)をどう組み合わせて解像感を高めていくか、そのあたりの相性についても検証してみたいと思います。